- 2022.6.15
タケちゃんの焼きうどん
あまり後悔をしないタチなのだが、ひとつだけやっておけば良かったと思うことがある。
それは、行きつけのスナックである。
商売柄か元来の性格か、女性が接客をしてくれる酒場をあまり好まない。
よって、キャバクラやクラブ、ラウンジやらガールズバーに自ら進んで行ったことがない。
何度か人に連れて行ってもらったが、楽しみ方がよく分からず「会計ばかりが高価だなぁ」と思ってしまう。
何より場慣れしていないので、立ち振る舞いがやけに童貞臭くなってしまい格好が悪くてかなわない。
もちろん、かわい子ちゃんは大好きだし、そう云う店には通い詰めて、そこで働くお嬢さん達と仲良くなっていく楽しみがあることは理解しているが、どうにもそこまでしたいと云う気が起きないのだ。
しかしそんなボクにも憧れの店はある。
例えばそれは、場末の小さなスナックだ。
十席に満たないカウンター席があり、テーブル席もひとつあるが、そこには店の荷物が置かれて潰れているに違いない。
店は古びているが、キチンと掃除はされていて不潔な印象はないだろう。
カウンターの中には、今でも綺麗だが、若い時はもっと美しかったのだろうと云う、ずいぶんと高齢のママが一人。
一席飛ばしに座っている年嵩のいった常連達には、カラオケを歌う様な無粋なヤツはいない。
「ママ、オレも来年でとうとう定年だよ」
「あら、ついこの間まで背広に値札が付いたままだった様なタケちゃんが、もう引退とはね。ワタシもおばあちゃんになるはずだわ」
「いゃあ、ママはちっとも変わらないよ」
「まぁ、お上手だこと。タケちゃんお腹空いてない、焼きうどん食べる?」
と、この旨くも不味くもないであろう焼きうどんが食べてみたかった。
しかし、このタケちゃんになるタメには、少なくとも三十年の歳月は必要だろう。
今のボクの年からだと、到底間に合わない。
つくづくと若い時に、こう云う店に勇気を出して飛び込んでおけば良かったと思う。
また、出張先の寂れた港町に一軒だけある居酒屋の最後の客になり、何故かそこを一人でやっている訳アリそうな女将に、
「お客さん、この辺りは辺鄙な所で、宿屋が一軒もないんですよ。よかったら店の二階で休んでいかれますか」
と、妖しい目つきで言われることにも強烈な憧れがあるが、残念ながらボクには出張がない。