- 2022.5.8
北方水滸伝
ずっと興味はあったのだが、なかなか手を出せなかったものを、一つずつ消化していこう、急げ、気付けば人生は短いぞ、と云う少々長いタイトルのシリーズを、近頃に生活の中で展開していて、その一つが北方謙三の水滸伝であった。
もの凄く面白いとは聞いていたのだが、多くの男子が通る横山光輝の三国志にも、あまり夢中になれなかったし、何より登場人物の名前がややこしそうで、やっぱり中華はちょっと…和食でサッパリと…などと躊躇していたのが、手を出せなかった原因であった。
ところがいざ読み始めてみると、大衆小説は斯くあるべしとばかりに、滅茶苦茶に面白い。
革命の物語なのだが、それを男臭い北方の筆が説明を削ぎ落としたハードボイルドな文体で進められていく。
そして同時にこれは、男の死に様を見る物語でもあった。
古今東西に考えられた様々な男らしい死に方が、英傑たちの最後に与えられる。
さらには、部位破壊のオンパレードで、肢体を切り落とされても眉一つ動かさず戦場を駆ける豪傑たち。
そう云う男絵巻を並べられるうちに、一つの疑問にたどり着いた。
例えばこうだ。
仲間が敵に捕らえられ、それを救出に向かう。
仲間は片腕を鍵付きの鎖で拘束されている。
敵はもうすぐそこまで迫っていて、鎖を外す鍵はない。
さあ、どうする。
すると拘束されている仲間は、事もなげに言う。
「お前の鎌を貸してくれ」
そしてその鎌で拘束されている手首を切り落とし脱出するのだ。
これまで多くの物語の場面で使われてきた、この手足首を切断しての脱出シーン。
また、全身に矢を受けて立ったまま絶命。
武器を強く握りしめたまま絶命し、仲間が指を一本ずつ剥がす。
拷問を受け、ついに情報を吐くかと思いきや、敵の顔面に唾を吐きかける。
などの、必ずどこかで見た事のあるこれらのパターンは、いったい最初に誰が発明したのだろうか。
実際にモデルになった人物がいるのかもしれないし、作者の創作かもしれない。
そして間違いないのは、バカみたいな言い方になるが、最初にやり出した人は偉い、と云うことだ。
王道には王道になりたる所以があり、それは優れていると云うことで、だから何度も模倣されパロディを生み出すのだろう。
そんな心地よい王道の海に翻弄されながらの、長くて短かった全19巻を読み終えたのだが、
「ん?何だろうこの後引くエンディングは」
と気になり調べてみると、水滸伝続編〈楊令伝〉全15巻とある。
む、むう、漢達の革命物語は、まだまだ終わらない様である。
