Fishbone

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2024.2.11

変わるモノと変わらなかったモノ

話は30年以上前まで遡らねばなるまい。

19才の夜に、ギターケースを担ぎバイクに跨って家を出た。

と書けば、青臭い歌詞のようだが、もう一つ手にしていたアイテムを言えば、途端に尾崎豊ではなくなる。

それは中華鍋だ。

椎名誠のエッセイか何かで、中華鍋最強説を読み、高校生の頃にミナミの道具屋筋へ買いに走った。

確かに中華鍋は万能で、焼く煮る揚げるを一つで賄える。

その中華鍋をオートバイにくくりつけて、ティーンエイジのボクは、先の分からない未来へ走り出した。

それから幾星霜。

ここには書けない様な、色々なコトを経験し、多くの変化を経て、今に至っているワケだが、その間、中華鍋は頑強なまま手元にずっとある。

我が家の子供達の好物の一つは、ボクの拵える炒飯だ。

もちろん件の中華鍋で作る。

〈とーチャーハン〉と命名されて、そのメニューを発表すると、ヤツらの歓声が上がる。

自分で言うのもナンだが、確かに旨く専門店に負けないモノに仕上がる。

昼食に、その炒飯を出そうとしたのだが、冷蔵庫に具となるストックがない。

炒飯はシンプルなホドに上手く仕上がるが、玉子とネギだけでは、さすがに愛想がない。

かろうじてキムチがあったので、

「今日は、キムチ炒飯にしてみようと思うが、どうかね」

子供達に問うと、

「キムチ、イヤやわ」

「なんで?美味しいよキムチ炒飯」

「イヤや、辛いやん」

「そーそー、臭いし」

「なんでやねん、お前らカラムーチョ好きやろ」

「好き」

「納豆も好きやろ」

「好き好き」

「ラーメンも好きやろ」

「大好き」

「ほたらキムチには、お前らの好きなモン、全部入っとんねん」

「えー、でもイヤや!」

しかして、玉子とネギだけの、たいへんシンプルな〈とーチャーハン〉が仕上がった。

子供達は喜んでいるが、少し納得のいかない、そんな休日。

変わったモノと変わらなかったモノ。

伝家の宝刀の中華鍋と炒飯レシピを、ムスコかムスメに引き継いでもらえると嬉しく思える大人になっているよと、30年前の暗い目をした青年に伝えると、ヤツはどんな顔をするのだろうか。